皇居乾通り一般公開 2022 〜 大都会の中の大自然 〜

まいどはやです。

今回は皇居乾通り一般公開の最終日に出かけてきましたのでご紹介します。

 令和4年11月26日(土)から12月4日(日)までの9日間、秋季皇居乾通り一般公開を実施します。
各日、入場時間は午前9時から午後3時までとし、皇居坂下門から参入、皇居乾門から退出となります。
詳細については、下記の実施要領を参照願います。

皇居乾通り一般公開は、平成26年に上皇陛下の傘寿を記念して、初めて春季と秋季に実施したもので、大変好評であったことに鑑み、平成27年秋季から、毎年、春季の桜の時期と秋季の紅葉の時期に実施してきました。令和2年以降は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止の観点から取りやめていたので、今回は3年ぶりの実施となります。

今回来訪なさる方は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、次の事項を遵守願います。

・ 新型コロナウイルス感染症の症状(風邪の症状、37.5℃以上の熱、強いだるさ(倦怠感)、息苦しさ(呼吸困難)など)がある場合は、来訪しないこと。
・ マスクを着用すること。
・ 入場口に設置している手指消毒用アルコールで消毒すること。
・ 入場に当たって非接触型温度計での検温を受けること(検温結果が37.5℃以上の方は、入場できません。)。
・ 大声での会話は控えること。
・ 密にならないよう、互いに距離を確保すること。
・ 皇居乾通り内は一方通行であり、特定の場所で長時間止まらずに、速やかに前に進むこと。
なお、
・ 前回までは、皇居乾通りの途中から皇居東御苑に進むルートも設けていましたが、今回は、当該ルートを設けず、皇居乾通りからの退出口は乾門のみとなります。
・ 混雑した場合には、入場を一時停止することがありますので、あらかじめご了承願います。
・ 新型コロナウイルス感染症をめぐる状況により、今回の一般公開を急遽中止する場合がありますので、あらかじめご了承願います(中止の場合は、宮内庁ホームページでお知らせしますので、来訪なさる前に、確認をお願いします。)。

※宮内庁HPより

この日が午前中に用事があり、一般公開の最終日の午後に現地に着きました。しかもクルマを北の丸第二駐車場に停めたこともあり、いったん皇居東御苑を抜けて大手門経由で坂下門へ行き、入場時間ギリギリに一般公開へ入ることができました。

その際に皇居東御苑を抜けた記事はこちらです。

坂下門から乾門へはゆっくり歩いても15分ほど。乾門の閉門が15:30でしたがゆったり見て歩くことができました。

坂下門です。この手前で手荷物検査とボディチェックがあります。係の方が手首での体温検査とアルコール消毒をしてくれます。

内濠の蛤濠と二重橋濠の間に架かり、皇居外苑から皇居(旧江戸城西丸)に通じる土橋です。門内の近くに宮内庁があります。坂下門は江戸城西丸造営直後に造られたと伝えられています。西丸大奥に近く、西丸の通用門として利用されていましたが、今は宮内庁の出入口として利用されています。文久2年(1862)1月、老中安藤対馬守がこの門外で水戸浪士に襲われた「坂下門外の変」は有名です。

※千代田区観光協会HPより

当日はあまりよい天気ではありませんでしたが、紅葉がきれいでした。写真は坂下門脇のお堀です。

入ってすぐの左側には宮内庁庁舎があります。

宮内庁(くないちょう、英語: Imperial Household Agency)は、日本の行政機関のひとつ。皇室関係の国家事務、天皇の国事行為である外国大使・公使の接受に関する事務、皇室の儀式に係る事務および御璽・国璽の保管等を所管する内閣府の機関である。

なお、宮内庁は以前は総理府の外局(総理府設置法17条)であったが、現在は内閣府の外局(内閣府設置法第49条、第64条)ではなく「内閣府に置かれる独自の位置づけの機関」とされている(内閣府設置法48条)。官報の掲載では内閣府については「外局」ではなく「外局等」として宮内庁を含めている。

※Wikipediaより

さらに進むと宮殿の入り口です。

皇居(こうきょ、英: Imperial Palace)は、天皇とその皇族(皇室)の平常の居所。現在は日本の東京都千代田区千代田に所在する。

古くは宮城(きゅうじょう)と公称され、皇城(こうじょう)や皇宮(こうぐう)などとも称せられたが、第二次世界大戦後は「皇居」の呼称が広く用いられるようになった。

概要
以前は宮城と公称されていたが、第二次世界大戦後に廃止され、現在は特別史跡「江戸城跡」一帯を指して皇居と呼んでいる。公式の英語表記は「The Imperial Palace」である。天皇の平常時の住居である「御所」や各種公的行事や政務の場である「宮殿」、宮内庁庁舎などがある。

蓮池濠から東を望む。

お濠の向こうに富士見多聞が見える。

富士見多聞の概要
多聞とは,城郭の石垣上に建てられた長屋で,城壁よりも強固な防御施設でした。

江戸時代の江戸城本丸には,このような多聞が,各所に築かれていましたが,現存するのは,この富士見多聞だけです。

今は見られませんが,かつては,この富士見多聞から,実際に富士山を望むことができたと考えられます。

※宮内庁HPより

局門。大奥に一番近いことから呼ばれるようになったそう。

道灌堀は、江戸城で最初に造ったお堀で、太田道灌が造ったものです。

紅葉がきれいです。正面が乾門。乾門は江戸城の乾(いぬい=戌亥/北西)の方向にある門の一つですが、実は明治21年、皇宮建設の際に新たに誕生した「明治の門」。坂下門の内側にあった西の丸裏門を移築したものです。新年一般参賀、桜の開花期、秋の紅葉の時期に行なわれる「皇居乾通り一般公開」の際に出入り口として使用されます。

※東京湾観光情報局HPより

今回は、皇居乾通り一般公開について記事にしてみました。

大都会のど真ん中なのに、自然の豊かさに驚きますね。







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この記事を書いた人

電子機器の試作会社、老舗出版会社、通信系IT企業を経由して、現在は兼業ブロガー。SDGsに貢献しつつ、生活の中で課題をもって購入した商品のレビュー、プチ旅行の紹介、忘れつつある記憶の記録など、おおむね個人の趣味を綴ったブログにしたいと思います。

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