近年、東京湾で竿を出す釣り人たちの間で、「海が変わった」という声が頻繁に聞かれるようになりました。かつては春の乗っ込み、秋の落ちと季節ごとのパターンが明確だったクロダイ(チヌ)釣りですが、今や真冬でも釣果があがる一方で、夏場の頼みの綱である堤防の付着生物が姿を消しつつあります。
本記事では、国土技術政策総合研究所が開催した「第23回東京湾シンポジウム」の資料や、熟練の釣り人たちによる現場の声を基に、激変する東京湾の環境と、そこで生きるクロダイの「今」、そしてこれからの釣り方について深掘りしていきます。
1. 現場で起きている「異変」:エサの減少と魚の小型化
東京湾の防波堤で長年活動を続ける「東京湾黒鯛研究会」の下道衛氏の報告によると、釣り場では肌感覚として明らかな変化が起きています。
まず、最も深刻なのがエサとなる付着生物の減少です。ヘチ釣り(落とし込み釣り)では、現地調達できるカラスガイ(ムラサキイガイ)やミドリイガイ、フジツボをエサにするのがセオリーです。しかし近年、これらの貝類の付着量が年々少なくなっており、付着している期間も短縮傾向にあります。釣り人にとって、現地のエサは今や「貴重品」となりつつあるのです。
次に、クロダイの小型化です。以前は40cmを超える大型が頻繁に顔を見せていましたが、最近は30〜40cmの「カイズ」クラス、あるいはそれ以下の小型が増加しているという実感があるそうです。これは高水温による代謝の増加や、エサ不足などが複合的に影響している可能性が示唆されています。
さらに、**「ハイブリッド種」**の出現も報告されています。ヘダイとキビレ、あるいはクロダイとキビレの特徴を併せ持ったような個体が見受けられるようになり、生態系の交雑が進んでいる可能性があります。
2. 「地球沸騰化」とクロダイの行動変化
国連事務総長が「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」と警鐘を鳴らしたように、東京湾の水温も上昇の一途をたどっています。特に秋冬季の水温上昇は顕著で、1970年代と比較して2〜3℃も高くなっているデータがあります。
この環境変化は、クロダイの居場所を変えました。 従来、海(防波堤)で釣れていたクロダイが、近年は都市河川の汽水域で数多く釣れるようになっています。これは、高水温や貧酸素水塊を避けるため、あるいはエサを求めて河川へ遡上していると考えられます。汽水域では、カラスガイに似た「ミジガイ」や船底のフジツボなどを捕食しているようです。また、雨が降ると塩分濃度が下がり、濁りが入ることでクロダイの活性が一気に上がるという性質も、河川での釣果を後押ししています。
一方で、高水温は南方系の魚種の侵入も招いています。アイゴやブダイといった植食性魚類が増え、海藻(アマモなど)を食べ尽くす食害が発生しており、これがアオリイカの産卵場の消失など、生態系全体に波及しています。
3. 変化に対応する「ヘチ釣り」の戦略
このような状況下でクロダイを釣るためには、従来のアプローチを変える必要があります。ここで有効なのが、東京湾発祥とも言われる**「ヘチ釣り」**です。
ヘチ釣りは、短竿に太鼓リールというシンプルなタックルで、堤防の際(ヘチ)にエサを落とし込み、歩いて魚を探すスタイルです。リールはスプール径が大きく糸グセがつきにくい片軸リール(太鼓リール)が、糸を送り出しやすく有利です。
タックル選びのポイント: 竿の長さは足場の高さで選びます。水面が近い堤防なら2.4m、高い堤防なら3mが基準ですが、2.7m前後が汎用性が高くおすすめです。風が強い日は、竿先と海面の間を狭くして道糸のフケを抑える操作が重要になるため、長めの竿が有利に働くこともあります。
攻め方のコツ: エサとなるイガイが減少している現在、イガイが付着しているタナ(層)を見極めることが極めて重要です。深い場所でも底まで落とすのではなく、イガイが付着している層、つまりチヌがエサを意識して浮いている層(せいぜい2ヒロ前後)を集中的に狙い、反応がなければ次へ移動する「足で稼ぐ」釣りが求められます。 また、エサが少ない分、アタリは繊細になる傾向があります。道糸のわずかな「止め」や「フケ」を見逃さない集中力が必要です。現地のエサが確保できない場合は、冷凍オキアミやコーン、サナギなどを持参し、複数のエサをローテーションして、その日の当たりエサを探る工夫も必要でしょう。
4. 未来の東京湾のために
東京湾は、約3000万人の流域人口を抱える巨大な都市の海です。水質は改善傾向にあったものの、近年は底層の溶存酸素量(DO)が悪化し、貧酸素水塊が拡大・長期化する傾向にあります。これは生物にとって死活問題であり、ワタリガニなどの移動生態にも影響を与えています。
私たち釣り人は、魚を釣るだけでなく、海の変化を誰よりも早く感じ取ることができる「センサー」でもあります。 釣れた魚のサイズや種類、エサの付き具合といった情報を共有すること(モニタリング)は、研究者にとっても貴重なデータとなります。 また、稚魚の放流活動や清掃活動、そして「キャッチ&イート」でおいしく食べる際には適切な活き締めを行うなど、海への感謝と敬意を持った行動が求められます。
「豊かな海」を取り戻すためには、行政や研究者だけでなく、釣り人を含む市民の協力が不可欠です。気候変動によって変わりゆく東京湾ですが、その変化を受け入れ、工夫を凝らして釣りを楽しむとともに、次の世代にこのフィールドを残すための行動(アクション)を、まずは身近なところから始めていきましょう。

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