1. 1982年、ポケットにコンピュータがやってきた
1982年8月、カシオ計算機から発売されたPB-100は、まさに革命的なデバイスでした。それまで2万円台が当たり前だったポケットコンピュータ(ポケコン)市場に、表示桁数を12桁に絞るなどの大胆な仕様変更によって、14,800円という破格のプライスで登場したのです。
伊武雅刀氏を起用した「パソコン知らない? 遅れてますねぇ」という刺激的なテレビCMを覚えている方も多いでしょう。この低価格戦略は功を奏し、後継シリーズを含めて100万台を販売する大ヒット商品となりました。
2. 「544ステップ」の制約が生んだ創造性
PB-100の最大の特徴は、内蔵RAMが標準で544ステップ(1ステップはおおよそ1命令に相当)しかなかったことです。オプションのメモリモジュール(OR-1)を増設しても1,568ステップという、現代から見れば信じられないほど極小のメモリ空間でした。
しかし、この厳しい制約こそが当時のユーザーたちの知恵を絞り出させました。限られた容量にいかに多くの要素を詰め込むかという試行錯誤は、まさに**「俳句」**を詠むようなパズル的な面白さを生んだのです。
3. 1ステップを削り出す「極限のテクニック」
PB-100のプログラミング(BASIC)において、1ステップの節約は死活問題でした。ソースによれば、先人たちは以下のような驚くべきテクニックを開発していました。
• SGN関数の活用:変数をカウントアップしつつ上限で止めたい場合、通常はIF A<9;A=A+1(10ステップ)と書きますが、A=A+SGN(9-Aと書けば9ステップに短縮可能です。
• 括弧の省略:関数の閉じ括弧は、式の最後であれば省略可能という特性を利用しました。例えば10*FRAC(A/10のように記述します。
• 変数の再利用と代用:PB-100ではA〜Zの26個の変数と、30文字まで格納できる特殊な文字列変数「」が使えます。特に「」はMID関数と組み合わせて敵キャラのパターンを格納するなど、フル活用されました。
• 計算速度の追求:PB-100の計算速度は非常に低速で、べき乗演算(A=B^2)よりも乗算(A=B*B)の方が圧倒的に速いといった、実機ならではのクセも愛されました。
4. ゲーム文化とコミュニティの熱狂
PB-100は豊富な記号キャラクターを備えていたため、ゲーム作りには最適でした。『マイコンBASICマガジン(べーマガ)』や『PiO』といった雑誌には、読者が投稿した数多くの独創的なプログラムが掲載されました。
スロットゲームやシューティング、さらには複雑なRPGまで、わずか数百ステップの間に詰め込まれました。中には、変数の整数部と小数部に別の情報を持たせてメモリを節約するといった、職人芸のような作品も存在しました。
5. 時代を超えて愛される理由
PB-100は、単なる安価な計算機ではありませんでした。付属の入門書『パソコン必勝法』は、BASICを全く知らない初心者でもプログラミングを習得できるほど丁寧に作られていました。多くの技術者やクリエイターが、この小さな液晶画面を通じて「コンピュータを操る喜び」を学んだのです。
現代のようにギガバイト単位のメモリが自由に使える時代から見れば、PB-100のスペックはあまりに貧弱です。しかし、「制約があるからこそ、創造性は爆発する」。そんなシンプルかつ重要な真理を、この14,800円の小箱は今も私たちに教えてくれます。
もし押し入れに眠っているPB-100があれば、ぜひ電池(CR2032を2個)を入れ替えてみてください。12桁の液晶に点滅するカーソルが、またあなたを「1.5KBの宇宙」へと誘ってくれるはずです。

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