日産「兄弟車」の興亡とグローバルデザイン戦略の真実:パルサー三兄弟からNISSAN NEXTまで

目次

1. 1980年代、日産が仕掛けた「多チャンネル時代の熱狂」

1980年代から90年代にかけて、日本の自動車市場は「兄弟車」の黄金時代を迎えました。特に日産は、トヨタなどと同様に複数の販売チャンネル(ディーラー系列)を持っており、それぞれの店舗に供給するクルマを確保する必要がありました。

当時、日産には「日産店」「モーター店」「プリンス店」「サニー店」「チェリー店」という5つのチャンネルが存在していました。この複雑な販売網すべてにコンパクトカーを供給するため、同じシャシーを共有しながら、外装やコンセプトを変えた多くのモデルが誕生したのです,。

2. 「パルサー三兄弟」とスカイラインへの憧れ

その代表格が**「パルサー三兄弟」**です。

長男:パルサー(チェリー店・サニー店)は、欧州市場を見据えたユーロテイストのコンパクトカーとして開発されました,。

次男:ラングレー(プリンス店)は、「スカイラインズ・ミニ」の愛称で知られ、丸型4灯テールランプなどスカイラインの意匠を受け継いでいました,。

三男:リベルタビラ(日産店)は、ブルーバードの弟分として、フロントマスクやグレード名(SSSなど)にブルーバードの面影を投影していました,。

これらのモデルは、主要なシャシーコンポーネンツを共有する「バッジエンジニアリング」の手法により、生産コストを抑えつつ多様なユーザーニーズに応えようとした結果でした。

3. 「小さな高級車」ローレルスピリットの変態的魅力

兄弟車の中でも、一際異彩を放っていたのが**「ローレルスピリット」**です。サニー(B11/B12型)をベースに、上級車ローレルの雰囲気を纏わせた「小さな高級車」として、モーター店で販売されました,。

特に2代目(B12L型)の末期に追加された「スーパーグランドリミテッド」は、1.5Lクラスでありながらボンネットマスコット、メッキモール、ワインレッドの内装など、過剰とも言える豪華装備を誇りました,。最上級グレードの価格が本家ローレルのエントリーモデルを上回るという逆転現象まで起きており、今では「変態グルマの王道」としてマニアの間で語り草となっています,。

4. 低迷期からルノーとのアライアンス、そして「NISSAN NEXT」へ

しかし、バブル崩壊後の1990年代に入ると、こうした複雑な車種体系は収益を圧迫し始めます。日産は深刻な経営危機に陥り、1999年にルノーと戦略的提携を結びました。カルロス・ゴーン氏のもとで「日産リバイバルプラン(NRP)」が推進され、車種の統廃合とデザインイメージの刷新が急ピッチで進められました。

近年の世界自動車市場は、2008年のリーマンショックを乗り越え回復したものの、2018年以降は米中貿易摩擦や英国のEU離脱、そして2020年のコロナ禍により再び不透明な状況にあります。2020年には世界販売台数が前年比で約20%減少すると予測されるなど、大きな転換点を迎えました。

これに対し、日産は新事業構造改革計画**「NISSAN NEXT」**を発表しました。これは「規模から価値へ」の転換を目指すもので、車種数を20%削減して「選択と集中」を行い、日本、中国、北米というコアマーケットに注力する戦略です。

5. 伝統と革新:これからの日産デザイン

現在のデザイン戦略では、かつての兄弟車のような「見せかけの高級感」ではなく、日産のDNAである「情熱、革新、挑戦者」を基盤とした**「タイムレス・ジャパニーズ・フューチャリズム」**が追求されています,。電気自動車(EV)の「アリア」を筆頭に、最新のVモーション2.0や「おもてなし、粋、間」といった日本独自の美意識を取り入れた、一貫性のあるブランド構築が進められています,。

まとめ

かつての兄弟車たちは、販売店ごとの事情から生まれた「時代の産物」でしたが、そこには作り手の情熱と遊び心が詰まっていました。現代の日産は、その歴史という資産を大切にしながら、アライアンスを活用した効率的な開発と、強固なブランドアイデンティティの確立へと舵を切っています。

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この記事を書いた人

電子機器の試作会社、老舗出版会社、通信系IT企業を経由して、現在は兼業ブロガー。SDGsに貢献しつつ、生活の中で課題をもって購入した商品のレビュー、プチ旅行の紹介、忘れつつある記憶の記録など、おおむね個人の趣味を綴ったブログにしたいと思います。

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