かつて日本のパソコン市場は、世界標準の波から切り離された**「ガラパゴス」な独自王国でした。今回のブログでは、その中心にいた名機NEC PC-9800シリーズと、世界を制したIBM PC**、そしてそれらを支えたCPU、Intel 8086と8088の歴史的なドラマを紐解きます。
1. 似て非なる兄弟:8086と8088の真実
1970年代後半に誕生したIntel 8086は、現代まで続くx86アーキテクチャの原点です。このCPUには、外部データバスを8ビットに制限した低価格版の「8088」という姉妹品が存在しました。
プログラミングの観点から見れば、8086と8088は100%同一であり、全く同じ命令セットを共有しています。しかし、ハードウェア面では決定的な違いがありました。
• 8086: フル16ビットのデータバスを持ち、一度に16ビットのデータを読み書きできる高速・高性能モデル。
• 8088: データバスが8ビットのため、16ビットのデータを扱うには2回のサイクルが必要ですが、既存の安価な8ビット周辺チップを流用できるコスト優先モデル。
2. 「性能」のNECと「コスト」のIBM
このCPUの選択が、日米のPC市場の運命を分けました。 1981年に登場した初代IBM PC (5150)8088を採用しました。これは、既存のエコシステムを活用して製品を素早く、かつ低価格で市場に投入するためでした。
一方、1982年にNECが発売したPC-9801は、フル16ビットの8086を搭載しました。これには日本独自の切実な事情がありました。数万文字におよぶ「漢字」を高速で表示するためには、8088の性能では不十分だったのです。NECは漢字ROMという専用ハードウェアを搭載し、8086の力で日本語処理の壁を突破しました。
3. DOS/Vの衝撃:ソフトウェアによる「黒船」
PC-98は日本で60%以上のシェアを誇る絶対王者となりましたが、その独自仕様ゆえに海外の安価なPC互換機やソフトを寄せ付けない「鎖国」状態を生みました。
この壁を壊したのが、1990年に登場したDOS/Vです。 DOS/Vは、これまでハードウェア(漢字ROM)に頼っていた日本語表示を、ソフトウェアの力だけで実現するという革命的な発想の転換を行いました。これにより、特別なチップを持たない世界標準のIBM PC互換機でも、日本語が扱えるようになったのです。
4. 王国の崩壊とWindows 95
DOS/Vの登場後、米国メーカーのコンパックが圧倒的な低価格機で日本市場に攻め込んだ**「コンパック・ショック」が起こります。さらに、1995年のWindows 95**の普及が決定打となりました。Windowsの上では、中身がNEC製か海外製の互換機かという違いはユーザーにとって無意味になり、PC-98はその歴史的役目を終えることとなりました。
まとめ
現在の私たちのパソコンは、世界中どこで買っても中身は本質的に同じです。かつてのPC-98とDOS/Vの戦いは、**「特定の鍵(ハードウェア)でしか開かなかった頑丈な城門が、汎用的なデジタル合鍵(ソフトウェア)によって一斉に開かれた」**歴史的転換点だったと言えるでしょう。
46年以上前に「つなぎ」として設計された8086のアーキテクチャが、今なお最新のCPUの中に生き続けていることは、テクノロジーの世界における最大のミステリーの一つかもしれません。

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