2021年、Nintendo Switch向けソフト『ナビつき! つくってわかる はじめてゲームプログラミング』が発売され、大きな話題となりました。直感的な操作で誰でもゲーム開発を体験できるこのソフトは、一見すると最新の教育ツールのようですが、実はその背後には任天堂が37年以上にわたり積み重ねてきた「プログラミング教育への挑戦」の歴史があります。
その歴史の出発点であり、多くのクリエイターの原体験となった伝説の周辺機器、それが1984年に登場した**「ファミリーベーシック」**です。
1. 1984年の衝撃:お茶の間にやってきた「夢のマシン」
1984年6月21日、ファミリーコンピュータの周辺機器として「ファミリーベーシック」は発売されました。当時は「パソコン」という言葉がまだ一般的ではなく、非常に高価だった時代です。そんな中、家庭にあるファミコンにキーボードを繋ぐだけで、プログラミング言語であるBASICが使えるようになるという体験は、当時の子供たちに「未来」を感じさせる衝撃的な出来事でした。
このソフトに搭載された「NS-Hu BASIC」は、任天堂、シャープ、ハドソンの3社が共同開発したものです。興味深いことに、開発を担当したハドソンの竹部隆昌氏は、Apple IIの製作者であるスティーブ・ウォズニアック氏の書いたコードをバイブルとして学んでいました。まさに、コンピュータ黎明期の熱狂がファミコンを通じて日本の子供たちに届けられたのです。
2. 制約の中で育まれた「工夫」と「遊び心」
ファミリーベーシックの大きな特徴は、単なるプログラミングツールに留まらない「多機能性」にありました。メインの「GAME BASIC」モード以外にも、以下のような機能が内蔵されていました。
• ミュージックボード: 音楽制作ができる。
• カリキュレーターボード: 計算機として使える。
• メッセージボード: ワープロのように文字を打ち込める。
• 占い: バイオリズムに基づいた簡易占い。
しかし、当時の技術的制約は非常に厳しく、プログラムに使えるメモリ容量は初期版でわずか約2KB、拡張版のV3でも約4KBしかありませんでした。この限られた空間に、マリオやペンギンといった「定義済みキャラクター」をMOVE命令などで動かし、いかにゲームを詰め込むかという試行錯誤が、未来のゲームクリエイターたちを育てたのです。
また、データの保存も現代のように簡単ではありませんでした。専用の「データレコーダ」や市販のテープレコーダを使い、カセットテープに音として記録するという独特の手順が必要でした。高橋名人のブログによれば、現代でもICレコーダーを使ってこの保存・読み込みを成功させるには、音量の調整といった絶妙な「コツ」が必要だと言います。
3. 究極の進化形「V3」と現代への系譜
1985年には、ゲーム制作に特化した**「ファミリーベーシックV3」**(通称:赤カセット)が登場します。このバージョンでは、不要なボードを削ってメモリを最大限に確保し、AUTO(行番号の自動入力)やRENUM(行番号の振り直し)といった本格的な開発用命令が追加されました。
収録されたサンプルゲーム「マリオワールド」や「スターキラー」は、BASICだけでもここまで動くという驚きを当時のユーザーに与えました。この「自分で作って動かす」という喜びこそが、その後の『スーパーマリオメーカー』や、段ボールとデジタルを融合させた『Nintendo Labo』、そして『はじめてゲームプログラミング』へと脈々と受け継がれていく任天堂の哲学なのです。
4. 現代に蘇るファミリーベーシックの精神
発売から数十年が経った今でも、ファミリーベーシックを愛する熱狂的なファンは存在します。 例えば、当時の専用キーボードを現代のPCで使えるように、Arduino Pro Microなどのマイコンを使ってUSB変換機を自作するという試みも行われています。これは、72個のキーを少ない端子で制御する「キーマトリクス方式」の仕組みを利用した電子工作で、レトロな打鍵感を現代の環境で楽しむための情熱的な活動です。
また、最近のRTA(リアルタイムアタック)イベントでは、『ドラゴンクエストIII』などのソフトにファミリーベーシックを組み合わせてメモリを直接操作し、わずか数十秒でクリアするといった驚愕の活用法も披露されています。
結論:37年の時を超えて
任天堂が歩んできたプログラミング教育の歴史は、単なるスキルの習得を目的としたものではありません。それは、「ゲームを遊ぶ側から作る側へ」という視点の転換を提供し、創造の楽しみを広げる挑戦でした。
かつてファミコンの前でキーボードをカシャカシャと叩いていた子供たちは、今や世界のゲーム業界を支える大人になっています。そして今、Nintendo Switchを手に『はじめてゲームプログラミング』で遊んでいる子供たちが、30年後の未来を創っていくのでしょう。
ファミリーベーシックは、例えるなら**「子供たちが初めて自分の手で描いた、魔法の設計図」**のような存在でした。それはただ魔法を眺めるだけでなく、どうすれば火花が散り、どうすれば重力に逆らえるのかという「世界の仕組み」を、お茶の間のテレビを通じて教えてくれたのです。
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参考資料:
• 徳力基彦(tokuriki)note記事-
• YouTube「ゆっくりコンピュータサイエンス」-
• ファミ通.com 特集記事-
• Wikipedia「ファミリーベーシック」-
• 懐ゲードットコム-
• Colorful Pieces of Game-
• 高橋名人オフィシャルブログ-
• ファミリーベーシック プログラミング資料-

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