かつて、エンジニアや学生、そしてプログラミング愛好家たちがこぞって上着のポケットに忍ばせていたコンピュータがありました。 それが、シャープのPC-E500です。1980年代から始まったポケコンの歴史の中で、事実上「最後にして最高のポケコン」と評されるこのマシンは、今なお多くの愛好家に語り継がれています。
圧倒的なハードウェア・スペック
PC-E500の最大の特徴は、そのコンパクトな筐体に詰め込まれた、当時としては驚異的な能力にあります。 本体寸法は200×100×14mmと、初期のPB-100などに比べれば一回り大きくなっていますが、依然として上着の内ポケットに収まるサイズを維持しています。
表示部には240×32ドットの液晶を搭載し、40文字×4行のANK文字を表示可能です。 初期のポケコンとは異なり、完全なドットマトリクス液晶を採用しているため、グラフィック表示ができる点も大きな進化でした。 キーボードはタイプライター配列(QWERTY)を採用しており、文字入力のしやすさが考慮されています。
内部の心臓部には、オリジナルの8ビットCPUであるSC-62015が採用されました。 このCPUの特筆すべき点は、8ビットでありながら20ビットのアドレスレジスタを備え、1Mバイトものメモリ空間を扱える設計思想にあります。 この強力なアーキテクチャは、後にシャープが発売するペン入力電子手帳「ザウルス(PIシリーズ)」の源流となりました。
多彩な動作モードと内蔵ソフトウェア
PC-E500は、単なるプログラミングマシンに留まらない多機能性を備えています。 主な動作モードは以下の通りです。
• BASICモード:プログラムの作成と実行を行います。
• CALモード:強力な関数電卓として動作し、16進数や60進数の変換も可能です。
• MATRIX/STATモード:行列演算や統計回帰計算を専門に行います。
• ENG(エンジニアソフトウェア)モード:数学、科学、工学、統計の4分野におよぶ1101ものプログラムを内蔵しています。
• AERモード:複雑な数式を登録し、変数値を入力するだけで計算結果を得ることができます。
特に「エンジニアソフトウェア」は圧巻で、物理定数や公式のデータベース、複雑な演算プログラムがツリー構造のメニューから即座に呼び出せました。 これにより、現場での計算業務において無類の強さを発揮したのです。
広がるファミリーと拡張性
PC-E500には、用途に合わせたバリエーションモデルが存在しました。
• PC-E550:内蔵RAMを64KBに増設したモデルで、白い筐体が特徴です。
• PC-E500PJ:専門誌「ポケコンジャーナル」との企画で作られた鮮やかな青色の限定版です。
• PC-1480U / 1490U:大学生協(UNIV.CO-OP)ブランドで発売されたモデルで、理工学系学生に特化した関数やプログラムが追加されていました。
周辺機器も充実しており、カセットインターフェイス(CE-124)やプリンタ、さらには2.5インチフロッピードライブ(CE-140F)まで接続可能でした。 また、ユーザーによる改造も盛んで、クロックアップや漢字ROMの搭載、FM音源の接続など、ハードウェアの限界に挑む試みが数多く行われました。
ポケコン時代の終焉と継承
2000年代以降、ノートパソコンやスマートフォン、タブレットの普及により、ポケコンの需要は急速に失われていきました。 2015年には最後まで生産を続けていたシャープも製造を終了し、ポケコンは歴史の表舞台から姿を消しました。
しかし、PC-E500が体現した「場所を選ばず、必要な時に即座にコードを書いて問題を解決する」という思想は、現代のモバイルコンピューティングに確実に受け継がれています。
PC-E500は、例えるなら「ポケットサイズの万能ツールナイフ」のような存在でした。 日常のちょっとした計算から専門的な工学演算まで、どんな状況でもカチッとモードを切り替えて対応できる頼もしさがあったのです。
この「最後にして最高のポケコン」が放っていた知的な輝きは、今の高性能なスマートフォンとはまた違った、道具としての純粋な魅力を持ち続けています。

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