モバイルコンピューティングの夜明け――SHARP PC-1211が切り拓いた未来

1980年、ポケットに革命が起きた

現代において、スマートフォンをポケットに入れて持ち歩くことは当たり前の光景です。しかし、その歴史を遡ると、一つの記念碑的な製品に辿り着きます。それが1980年3月にシャープから発売されたPC-1211です。

PC-1211は、**世界で初めてBASICプログラミング言語を搭載したポケットコンピュータ(ポケコン)**として誕生しました。 当時の標準価格は43,000円。 関数電卓のようなコンパクトなサイズでありながら、ユーザーが自らプログラムを作成し、実行できる「本物のコンピュータ」が手の中に収まった瞬間でした。

PC-1211のハードウェア的特徴

PC-1211の外観で最も特徴的なのは、24桁の5×7ドットマトリックス液晶ディスプレイと、フル仕様のQWERTYキーボードです。 初期の液晶は黄色みを帯びており、これは当時のデバイスならではの独特な質感を醸し出しています。 内部には4ビットのCPUが2個搭載されており、一つがメイン処理、もう一つが入力や表示の制御を分担するという、当時としては高度な設計がなされていました。

電源には水銀電池(MR44)を4個使用し、約300時間の連続使用が可能でした。 ここで現代のユーザーが注意すべき点は、電圧の違いです。設計上のMR44は1.35Vですが、現在入手しやすいアルカリボタン電池(LR44)は初期電圧が高すぎるため、そのまま使うと正常に動作しないことがあり、使用には注意が必要とされています。

BASICプログラミングと独特の操作

PC-1211の真骨頂は、やはりBASICが使える点にありました。 プログラムの作成には「PRO(プログラム)モード」で計算手順を入力し、「RUN(実行)モード」に切り替えて動作させます。 また、「RESERVE(リザーブ)モード」ではキーによく使う命令を割り当てることができました。

ただし、初期のポケコンゆえの制約も多く存在しました。

PRINT文の挙動: 実行中に「PRINT」で値を表示すると、そこでプログラムが一時停止してしまい、手動で再開させる必要がありました。

文字列関数の欠如: 現代のBASICでは当たり前の文字列操作関数が備わっていないなど、非常にストイックな環境でした。

表示の制約: 液晶が1行しかないため、リスト表示(LISTコマンド)の代わりにカーソルキーでプログラムを確認するスタイルが一般的でした。

それにもかかわらず、最大1424ステップのメモリを駆使し、複雑な科学技術計算から、工夫を凝らしたゲームプログラムまで、多くのユーザーがこの小さな筐体で技術を磨きました。

周辺機器がつくる「システム」

PC-1211は単体でも強力でしたが、周辺機器を組み合わせることでさらにその真価を発揮しました。 特に重要なのが、カセットインターフェース「CE-121」です。 これを使用することで、外部のテープレコーダーにプログラムを保存(SAVE)したり、読み込んだり(LOAD)することが可能になりました。 当時は専用のデータレコーダーだけでなく、一般的なオーディオ用のカセットテープも記録媒体として活躍しました。

また、ドットインパクト方式のプリンタを接続すれば、プログラムリストや計算結果を紙に残すこともでき、小規模ながらも立派な「コンピュータ・システム」を構築できたのです。

学習教材としての功績と終焉

PC-1211から始まったポケコンの系譜は、その後、学校教育の現場でも高く評価されました。 筆箱感覚で持ち運べる安価なプログラミング環境は、多くの技術者の卵たちにBASICの基礎を教え込む教材となりました。

しかし、2000年代以降、ノートパソコンの普及やスマートフォンの台頭により、その役割は徐々に失われていきました。 2015年には全てのポケコンの生産が終了しましたが、PC-1211が提示した「どこでも計算できる自由」というコンセプトは、現代のモバイルデバイスに確実に引き継がれています。

まとめ:色あせない「元祖」の魅力

SHARP PC-1211は、単なる古い機械ではありません。それはモバイルコンピューティングの原点であり、多くのプログラマーにとっての「最初の師」でもありました。 電源を入れればすぐにBASICが立ち上がり、思いついた数式を形にできる。 そのシンプルかつダイレクトな体験は、情報の洪水に溢れる現代においても、プログラミングの本質的な楽しさを思い出させてくれます。

もし押し入れの奥にこの黄色い液晶の相棒が眠っているなら、一度電池を入れてみてください。「PRINT “HELLO!”」の一行から、また新しいインスピレーションが湧いてくるかもしれません。

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この記事を書いた人

電子機器の試作会社、老舗出版会社、通信系IT企業を経由して、現在は兼業ブロガー。SDGsに貢献しつつ、生活の中で課題をもって購入した商品のレビュー、プチ旅行の紹介、忘れつつある記憶の記録など、おおむね個人の趣味を綴ったブログにしたいと思います。

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