今から40年以上も前から那須温泉には度々訪れていて、そのたびに「殺生石」を訪ね散策しています。 当時は黒磯駅から東野交通のバスで那須湯元温泉まで来たのですが、今よりももっと硫黄臭が強く、バスを下車すると「那須に来たんだなぁ」という実感がわいてきました。 那須温泉街の北には有名な湯治場温泉である「鹿の湯」があり、その先に「殺生石」があります。 今では大変整備されていて、駐車場や休憩所、きれいなトイレが備わっています。源平合戦・壇ノ浦の戦いで有名な那須与一に縁のある温泉神社にも隣接しており、那須温泉の観光・散策スポットとなっています。 ところで殺生石とは何なのでしょうか? いつものWikipediaで調べてみると…3月26日(土)に「殺生石 九尾狐 慰霊祭並びに平和祈願祭」を執り行うことができました。ご参列頂きました皆様、誠にありがとうございました。瑞獣 神獣・白面金毛九尾の狐が平穏・平和をもたらす吉兆となりますよう願いを込めて―。#那須殺生石#九尾の狐伝説那須から平和祈願 pic.twitter.com/xoQ6wvbPY7
— 那須町観光協会 (@nasukankou) March 27, 2022
殺生石(せっしょうせき)は、栃木県那須町の那須湯本温泉付近に存在する溶岩である。付近一帯に火山性ガスが噴出し、昔の人々が「生き物を殺す石」だと信じたことからその名がある。 松尾芭蕉が『おくのほそ道』でこの地を訪れていることなどで知られ、国指定名勝となっている(2014年(平成26年)3月18日指定)。 なお伝承上、この石に起源を持つと伝えられている石が全国にいくつかあり、それらの中に「殺生石」と呼ばれているものがあるほか、那須の殺生石同様に火山性ガスが噴出する場所で「殺生石」と呼ばれる石があるとする文献もある。しかし単に「殺生石」といえば那須の殺生石を指すことが多い。 ※Wikipediaそして、この殺生石には九尾の狐の伝説があるのです。これもWikipediaにこんな風に出ています。
九尾の狐伝説 詳細は「玉藻前#伝説の概要」を参照 鳥羽上皇が寵愛したという伝説の女性・玉藻前が九尾の狐の化身(妖狐)で、陰陽師の安倍泰成に見破られて東国に逃れ、上総介広常と三浦介義純が狐を追いつめ退治すると狐は石に姿を変えたという伝説がある。しかし石は毒を発して人々や生き物の命を奪い続けたため「殺生石」と呼ばれるようになり、至徳2年(1385年)には玄翁和尚によって打ち砕かれ、そのかけらが全国に飛散したという。 殺生石が飛散した先は日本各地の「高田」という地名の3ヶ所(諸説あり)とされ、一般には美作国高田(現・岡山県真庭市勝山)、越後国高田(現・新潟県上越市の高田地区)、安芸国高田(現・広島県安芸高田市)、豊後国高田(現・大分県豊後高田市)、会津高田(現・福島県会津美里町)のいずれかとされる。 「高田」以外の地に破片が散ったとする伝承もあり、飛騨では牛蒡種に、四国では犬神に、上野国ではオサキになったという。 ※Wikipediaよりその殺生石が突然割れたと。コロナ禍になって何となく不安な毎日に…、最近自身も多いし…。 誰もが何となく不安を抱いてしまいますね。 そんな経緯もあって平和祈願祭が行われたというのが最初に紹介したツイートなんです。 本当に誰もが平穏無事な日々が送れますように! 駐車場から殺生石一帯を望む。 殺生石の散策マップ。やや上っていますが。木道が整備されていて歩きやすいです。 由来が書いてあります。上総介広常と三浦介義純が退治したとのこと。 大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、上総介広常を佐藤浩市さん、三浦介義純を佐藤B作さんが演じています。 散策道の一番奥に殺生石があります。確かに割れています。 真っ二つです。きれいに割れています。九尾の狐が抜け出したのでしょうか?そんな不安な気持ちにもなりますね。 殺生石の周辺図です。 このように木道がちゃんと整備されています。車いすでも行けそうです。 盲蛇石とか、 昔の湯の花採取所跡、 教伝地獄などの見どころも満載です。 那須を訪ねたならば、アウトレットやりんどう湖ファミリー牧場もいいですが、ちょっと登っていけばこんな風情の良い散策スポットもあるんですよ。 この先は茶臼岳に続く道なので、ロープウエイでよい景色を見た後にでも、ぜひお立ち寄りくださいね。
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